なぜ僕はハワイに惹かれ続けたのか ── 島と海と心の浄化作用
<目次>
はじめに ── 50代からのライフスタイル転換
ハワイの海に初めて潜ったとき、僕の中で何かが静かにほどけた。
伊豆やセブでもダイビングはしていたし、どの海も美しかった。けれど、ホノルルの海にはそれらとはまったく違う「包まれる感覚」があった。光、音、空気 ── すべてが身体のまわりに優しくまとわりついて、心のざわつきをすうっと消していった。
「また行きたい」ではなく、「何度でも行きたい」と思えた場所。それが僕にとってのハワイだった。
海だけではない ── 島そのものが持つ『癒しの場』
ダイバーの朝は早い。ハワイの空がまだほんのりと明るくなり始める頃、ショップに集合し、ブリーフィングを終えるとボートに乗り込む。朝8時にはすでに海の上。潮風を浴びながら迎える新しい一日は、驚くほど静かで爽快だ。2本潜っても、午後1時にはホテルに戻り、ビールのボトルを片手にバルコニーで海を眺めることができる。時差の関係で、午後の静かな時間にメールでのやりとりが1〜2本完了する。日本の朝が始まる前に、1日の役目を終えたような気分になるのも、ハワイという土地の妙だ。そして夕暮れのサンセットを見ながらのビーチ散歩 ── そんな「心身にちょうどいい1日」が、ハワイには流れている。
ホノルルの海中には、確かに生命があふれていた。でも、それ以上に僕を惹きつけたのは、島全体が持つ『空気の質』だった。
朝の光が差し込むビーチ沿いを散歩しているだけで、体の奥から呼吸が深くなる。ホテルの売店で買ったコナコーヒーを飲みながら、海を眺めていると、なぜか『何もしなくていい時間』を肯定されたような気持ちになる。
日常の速度から切り離された空間。そこに身を置くだけで、肩の力が抜けていく。そういう場所は、大人になればなるほど、貴重になる。まさに、自然に身を委ねる感じだ。

「帰ってきた」と思える場所の存在
何度も訪れたハワイは、僕にとって「非日常」ではなくなっていた。むしろ、「日常の外側にある、自分の『基準点』── 忙しさから心を立て直すための目印であり、感情をリセットする『呼吸地点』のような存在。」
仕事で疲れたとき。人間関係に悩んだとき。目の前の予定ばかりを追いかけて、『生きている実感』を見失いかけたとき。「ハワイに行こうかな」と思うだけで、心が少し軽くなる。
それは、あの海の中で感じた『生きている』という感覚を、自分の中に再注入するためだったのだと思う。
他の海との違い、それでもやっぱり「ハワイの海」が好きな理由
セブの海は、圧倒的な魚の量とインストラクターの人懐っこさが魅力だった。ゴールドコーストは、スケールが大きくて自然の力強さを体感できた。石垣島の海も、静かで優しく、穏やかな旅にぴったりだった。
でも僕にとって、ハワイの海には『心の回復力』がある。目を閉じても思い出せる、あの光の粒。波間に揺れる音、肌にまとわる水の感触。
ハワイの海は、体験を超えて、記憶と結びついた「感情の場所」になっているのだと思う。
50代の今だからこそ、マインドフルネスな旅をもう一度
コロナで旅が止まり、気づけば数年が経っていた。その間に、人生のステージは確実に変わった。体力の衰え、資産寿命への意識、健康寿命の管理。「どこへ行くか」より、「なぜ行くか」のほうが大事になってきた。
そして今、僕の心はあらためてハワイに向いている。
もう一度あの島へ行き、あの海に潜り、自分の呼吸を取り戻すように、人生の後半を見つめ直す時間を持ちたい。マインドフルネスな旅だ。
おわりに ── 旅先ではなく、『人生の寄港地』としてのハワイ
ハワイは、僕にとって単なる旅行先ではない。それは『人生のメンテナンスをする場所』であり、『迷ったときに戻る島』であり、『生きていることを思い出させてくれる海』がある場所だ。50代という人生の節目において、心と体の「再起動スイッチ」を押せる場所 ──。それが、僕にとってのハワイなのだと思う。
次回予告:50代からの「整える旅」へ
次回は、50代でダイビングを再開するための準備と現実 ── 再講習、健康管理、装備、資金計画など「整える」プロセスについて書いていきます。

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